第四回:複業時代に企業はどう変わるのか?大企業編(後編)
●「複役社会」での未来の大企業
これまでの(大)企業の基本的な考え方は、社員にわき目もふらず自社のために時間を費やしてもらう働き方を理想とされています。それは未だに製造業中心的な時代感だと感じます。
P.F.ドラッカーは、20世紀最大の発明はマネジメントだと言いました。マネジメントによって多くの人が組織に所属して部分的な仕事に携わりながら、何十年もわたり生活ができるほどの賃金を得られるようになりました。それまでの独立職人的で不安定な働き方と比較すると、素晴らしい働き方改革ともいえます。
複役社会における働き方は、19世紀までの独立職人的な働き方と、20世紀の大組織中心の働き方のハイブリッドな形となるでしょう。これは今の時代の変化に対応したものです。
いま様々な場面で言われている通り、仕事は均一的で長期的で単調なものから、プロジェクト型で短期的で複雑化しています。製造業風に言えば、今日作ったものは明日はもう不要かもしれない世の中です。そうすると、企業は大量生産大量販売に適して大型化するのではなく、プロジェクトの集合体のようなものにならざるを得ないでしょう。そして、強い理念やブランドがそうした一見バラバラの組織を統一するという形になっていくでしょう。
その様な新しい“企業”ではどのよう働き方が求められるでしょうか?
企業においてはプロジェクト化と労働力の減少も相まって、社内副業が進み、企業内部での所属の概念が曖昧になります。他社に副業しなくとも、同じ社内で複数の仕事をする社員が増えるでしょう。更にテレワークなどの導入も並行して進むと、社員を特定の場所や組織に“縛り付ける”ことができなくなります。社員がその仕事をすることで成長したり、意義があることを説き、なぜその企業で仕事をするのかを納得しないと仕事が進まないようになるでしょう。
また、企業の“外”へ出て成果を上げるということも増えてきます。これは今注目されている二つの大きな流れがあります。
その一つが、オープンイノベーションです。すでに数年前より大企業は社内でイノベーションが起こりにくいと感じてより多様なアイデアやビジネスチャンスを社内の外に求めるようになっています。アクセラレーションプログラムという形でベンチャーを募り、協働や業務提携できる新しいビジネスを探す活動をしています。
▼アクセラレーション・プログラム
他方、別の大企業は“共創空間”としてのコワーキングオフィスのような場所を提供し、その中でスモールビジネスとの協働を模索し始めています。更にはベンチャーに“武者修行”の形で一定期間送り込むプロジェクトも少しずつ増えています。
もう一つの流れが、SDGsの進展です。
大手企業においても、今はまだ社内のCSV(Creative Shared Value:ビジネスと社会貢献の両立を本業で行う考え方)の進展でSDGsを捉えている企業が多いですが、本来社会課題の解決には自社のみならず多様な企業やセクターとその企業や組織の利害や文脈を越えて協働する必要があります。そこで重要な考えとして、Collective Impactという概念が出てきています。これは、セクターを超えた人たちが共通社会課題の解決のために集まり(Collective)、プロジェクトとして取り組み成果(Impact)をあげる、というものです。
このCollective Impactは大きな意味ではオープンイノベーションの社会課題解決版ということも出来ます。
▼コレクティブ・インパクト概念図
こうした、組織をクロスオーバーする活動は、新しい知識や経験、そして文化などを生み出す可能性に満ちていますが、一方では既存の組織が置き換わってしまう可能性もあります。こうした取り組みを自社での貢献や戦略に活かしていくには、外から持ち帰ったものを組織の中で活かすしくみが必要です。
人材育成の世界で「越境学習」という言葉があります。これは自分のいる組織や文化・文脈を越えて新しい世界を経験することで学ぶ、というものです。この越境学習で大切なのが私が「ミツバチ効果」と呼んでいるもので、越境先での学びを自組織に上手く持ち帰れるか、受け入れ側がその準備ができているか、が大切になります。
▼越境学習における「ミツバチ効果」
これまで見てきたように「複役社会」における大企業では、以下のような変化が起こるでしょう
●仕事がプロジェクト単位に変化する
●多様なプロジェクトをつなぎとめる理念やブランドの醸成が大切になる
●社内副業が進み、社内での所属の概念が薄くなる
●外とのプロジェクト(オープンイノベーションやSDGs、コレクティブ・インパクトによる社会課題解決など)が進む
●社外に越境した時に、持ち帰るものは何か?それが所属組織にどう生かせるか?を活用できるかが重要事項になる
「複役社会」では、会社は組織というよりも、ブランドであり、信仰の対象であったり、コミュニティだったりそういう形に変化します。もはや一つの会社と自分の人生を合わせることはできなくなり、職業アイデンティティは個人に向かい時代になると考えています。
次回は、同じ企業ですが、中小企業についての変化を考察したいと思います。