第十一回:「複役社会」まとめ①
いよいよ複業が当たり前になる「複役社会」において、まとめに入りたいと思います。
これまで副業・兼業がどのように進むのか、それが現在の各セクターにどのような影響を及ぼすのか、について記してきました。
このあたりを総合すると、次のような社会変革への可能性が見えてくるのではないでしょうか?
●変わる企業や組織と個人の関係性
最近、複業と同じ文脈で、フリーランスやギガワークなどもメディアに登場しています。これらすべてが今後のメジャーになるわけでも、またどなたにも相応しい働き方になる、というわけではなく、むしろ個人の性質やライフステージにおけるタイミングなどあくまでも働くに多様性を持たせるという意味で認知されるべきと思います。複業はフリーランスやギガワークと必ずしも同じではありませんが、“組織ファースト”とも言えるこれまでの組織優先(ムラ社会?)的な文脈から変わるのではないかという期待があります。
また、複業が「当たり前」になることで、むしろ“組織(会社など)vs個人(フリーランス)”という二項対立的な文脈を越えることができ、新しい組織と人の関係性ができていくでしょう。
では、どんなふうに変わっていくのでしょうか?
そもそも人の集まりを“組織”というには、三つの要素があると言われています。①共通目的、②貢献(協働)意欲、③(組織内)コミュニケーション、がそれにあたります。
会社などの組織に所属することは、上記の三つが求められるわけですが、複業が進むと、個人が複数の働く“共通目的”や“貢献意欲”を有することになります。
そうすると企業は個人を「ただ所属しているだけ」では縛り付けることはできません。
先日経団連などより「終身雇用は崩壊した」と言って話題になりましたが、これまで企業と所属する個人はいわば「運命共同体」のようなものでした。しかし企業も個人も「運命共同体」が継続できないと分かった今、今後は「ミッション協働体」へと変貌するでしょう。組織に属するのはその組織が成し遂げたいミッション(使命、目的)に共感しているから、という文脈が強くなります。「ミッション」や「目的」を説明できない企業は、人材不足から窮地に立たされることもあるかもしれません。
●ナレッジ・シェアリング
複業等が進んだ「複役社会」では、例えば大企業でのノウハウがNPO等に提供されたり、逆にベンチャー企業と自治体が協働したり、多様な“知識の交換・共有”が起こります。これまで士業やコンサルティング会社等が担ってきた知識産業がますますコモディティ化し、C to C (Customer to Customer)の流れも加速するでしょう。
こうした社会や経済を、ナレッジ・シェアリング・ソサエティ又はエコノミーと呼んでいます。
知識はこれまで、組織の中に閉じるということがたくさんありました。知識には「暗黙知」(言葉や文字では表現できないもの)と「形式知」(言葉や文字などで表現が可能なもの)があると言われており、特に暗黙知は人とのつながりの中で伝わる特徴が強くあります。
会社や組織に属している人が、複業をしたり、士業や専門家のプロボノが進むと、これまで組織や専門家の中にあった形式知や暗黙知が社会にシェアされていきます。インターネットは知識(多くは形式知)の共有スピードを格段に進めましたが、暗黙知や実践知(個人が実践の中で得た知見)については、このナレッジシェアが拡大することで指数関数的に広まっていくと思います。このことは大局的に見れば、社会や経済の格差を減らし発展に寄与するものと思っています。
●ダイバーシティ
これまでは、「〇〇会社の人」「□□の職業の人」ということで、人物を認知してきましたが、複役社会には、個人がすでに多様な働き方をしています。複数の団体や事業に関わることが普通になれば、更にダイバーシティが増します。
こうした社会で成果を上げることは、ダイバーシティ&インクルージョンについての理解が大切になるでしょう。そして大切なのは、多様な人達と共に成果を上げること(インクルージョン)、ではないかと思います。
多様な人と共に成果を上げていくことで一番大切なのは、私は「対話(Dialogue)」にあると思っています。一見同じ事をしている人でも、なぜそれをするのか?の背景が異なっている場合があります。そうした背景(なぜ?)を共通理解するためには、互いを知るために対話が必要になります。
物理学者のデヴィッド・ボームは著書「Dialogue」の中で、「対話とは意味の共有である」と述べています。多様性を増すからこそ、人それぞれが対話を通じて、共に理解したり創造性を発揮したりすることが大事です。これも広義の意味での「ナレッジ・シェアリング」だと思います。
複役社会は、これまでの閉塞感を打破し、社会も経済も豊かにする新しい可能性に満ちています。
しかし、一方ではこうした社会を実現するためには、現在の仕組みをデザインし直す必要もあります。
次回は結びとして、複役社会に向けての課題について、述べてみたいと思います。