ROE(株主資本利益率、自己資本利益率など)は、株主資本に対する利益の割合を示す。高ければ高いほど、投下した株主資本に対しての最終利益が高い、つまり株主から見れば高ければ高いほど配当や自社株買いなど株主に還元する能力が高いという意味になる。
公式は、当期純利益 / 株主資本 で表す。
こうした分数指標は経営の現場では気を付ける必要がある。
本来は、分子(当期純利益)を上げることが大切なのに、分数指標であるため、分子と分母のバランスを重視してしまう可能性がある。
そうすると、企業の本来の目的である、事業の成長で当期利益を獲得するということから、財務や経営管理部門などが財務テクニックと社内権力を使い、分子(当期利益)を上げるためのコストカットや、分母を下げるための自社株買いなどを引き起こす。
2014年に、経済産業省より出された、「『持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~』プロジェクト」の最終報告書(通称、伊藤レポート)は、このROEを8%を目標値に据えた。
その結果、大手企業を中心に、ミドルシニア世代の早期退職制度(コストカット)と、発行済株式の買い戻し(自社株買い)が同時に起こった。経済が好況下の中でもリストラが増加する一方、自社株買いは2013年度は2兆円に満たなかったが、2022年度は9兆円規模になった。
つまり、大手企業は事業や人への投資を抑え、株主に報いる方向にお金を使ってきた。皮肉にもそれに貢献したのが持続的な企業の成長を目指す”伊藤レポート”である。
企業の持続的成長を目指す目的が、短期的株主資本主義への転換を加速した。
伊藤レポートの問題点は、"ROE8%"という分数の指標を重視することによる経営の多角的視点が欠けていることにある。
前述の通り本来は「分母が固定又は高まっても、分子がそれ以上に成長すること」を見るべきなのに、単に分数の結果を指標化したために、想定外の結果になることを軽視したためではないか。一つの単純な指標が、複雑な企業経営という現場でどのような事態を引き起こすかの配慮に欠けていたのではないかと思う。
国や大学の偉い人が言っているからではなく、どのように経営し、何が自社にとって望ましいかを考えることは、経営の本質ではないかと考える。